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伊藤賢一雑感コラム ギター路地裏


ギター路地裏 第89回  私とクラシックギター その3

アコースティック・ギター・ワールド読者の皆さまこんにちは!ギタリストの伊藤賢一です。
アコースティックギターとクラシックギターの異種両刀使いの私。
その原点ともなったクラシックギターの名器との出会いについて綴った第3回目です。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

1960年のハウザーから1958年のハウザーへ持ち替えてすぐにコロナ・パンデミックが巻き起こりました。
活動は制限され、中止にしたライブも20は数えたでしょうか。とはいえライブの本数自体は減らすことなく、ハウザー1958年も大活躍していました。

音にしなやかな指向性を持つこのギターは、私の心にも完全に馴染んでいました。
3年ほど経ったある日、とある楽器店に珍しく「ヘスス・ベレサール・ガルシア」が在庫されたというので見に行きました。
ベレサールはこの世に83本しかない、貴重なスペインの名器です。一度しか触ったことが無く、その時の印象も良いものだったのでハウザー1958年と比較してみるために出かけていきました。

ベレサールはスパニッシュらしい音の色合いと親しげな味わいが同居した、非常に良いギターでした。
しかし私のハウザーと比べてしまうと迫力に欠ける点もあり、当然ながら持ち替えの対象にはなり得ないな、と、ここで楽しい比較は終わったはずでした。

しかしここで、私が普段から「地獄の遣い」と呼んでいる店員I氏が、「ベレサールも良いですが、ベレサールの師匠のアグアドも今あるんですよ。」と、悪魔のような笑顔で伝えてくれました。

これに参ってしまいました。

この時I氏が出してくれたアグアド1962年は、とんでもない魔力を持っていました。

アグアド1962
(その時の様子。遠い目。)

私は、地獄の遣いI氏を恨みました。なんというもんを出してくるんですか。

エルナンデス・イ・アグアドは言わずと知れたスペインの名器ですが、この時私はスペインギターの系譜の強さ、マドリッド系の音色の伝統のような世界と共に、エルナンデス・イ・アグアドという個性自体を強烈に感じていました。
ハウザーの個性が音の存在感としたら、アグアドには「次の音へのいざない」がありました。
これは、音ではなく音楽そのもの。音楽は、開始から終止まで、必ず次の音へ移行する宿命を持ちます。次の音を創造せよ、と、このアグアドは常に言ってくるのです。
これはハウザーには無い世界です。逆から見るとアグアドにはハウザーが持つ音の存在感も互角に持ち合わせている。
非常に困りました。アグアドに心を持っていかれている自分を自覚しました。

というわけで、地獄の遣いのご厚意により、ハウザー1958年とアグアド1962年を比較する日々がまた始まりました。


(親の顔より見た光景。)

涙を流してまで手にしたハウザー1958年を、今や手放しても良いと思っている自分がいます。
しかし、「自らに素直であれ」という心を学んだ私に迷いはありませんでした。

このアグアド1962年は、結局2ヶ月ほど手を尽くしましたが結局入手できませんでした。
痛恨の極みでしたが、その後はアグアドの他の個体を粘り強く見に行くようになります。

というのも、アグアドで得た「次へいざなわれる感覚」のやめ、どうしてもハウザーに戻れない。
私もいよいよ40代後半になり、「親分(ハウザー)」から離れる時が来た、そんな気持ちのシフトも感じていました。

アグアド1962年と出会って1年後、粘り強く探しに探して手にしたのがアグアド1961年でした。


(私は、”これ”で、会社を辞めました。的な一枚。)

ついにエルナンデス・イ・アグアドを手にし、私の音楽はまたまた変わりました。

どうなったかというと、今度は単純に取り組む曲が難しくなりました。
一曲に何年もかけるようなものに何曲か取り組むようになり、一生をかけてやっていくライフワーク・モードが、このアグアドによって生まれました。
私も根が単純なので、ギターが変わると生活が変わります。本当に面白いものです。

図太い低音、伸びやかな高音、渋い輝きのある中音、ギターという楽器の素晴らしさ面白さは、本当に汲めども尽きぬものだと実感させてくれる出会いでした。

(まだ続く)





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伊藤賢一 http://kenichi-ito.com

1975年東京都新宿区生まれ 1994年 ギター専門学校(財)国際新堀芸術学院入
学。1998年卒業後ソロ活動へ。
2001年フィンガーピッッキングデイ出場、チャレンジ賞獲得。
2001年1stアルバム「String Man」リリース。
2002年2ndアルバム「Slow」リリース。
2007年3rdアルバム「海流」リリース。
2010年4thアルバム「かざぐるま」リリース。
2012年5thアルバム「Tree of Life」リリース。
2013年ライブアルバム「リラ冷え街から」リリース。
2015年ギターデュオアルバム『LAST TRAP/小川倫生&伊藤賢一』をリリー
ス。
2016年田野崎文(Vo)三好紅( Viora)とのトリオtri tonicaのアルバム「alba」リリ
ース。
2017年6thアルバム「Another Frame」リリース。
2018年三好紅(Viora)とのデュオIndigo Noteのアルバム「Can Sing」リリース。
2020年Indigo Noteの2ndアルバム「Long Way」リリース。
2021年7thアルバム「Little Letter」リリース。
2023年ピアノ&パーカッション奏者AkiとのデュオLuna y Alas結成。
2024年Indigo Noteの3rdアルバム「Lively Garden」リリース。
2026年Luna y Alasの1stアルバム「月と翼」リリース。
ライブ本数は累計1500を超え、現在も常に日本全国で演奏活動を展開中。




【2026/11/1】
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